
拝啓 松本人志様
今週に入って急に、身体的にも精神的にもなぜだかへろへろになってしまい、ずっと寝込んだままの日が何日も続いた後、なぜか急にあなたのことを思い出し、「遺書」と「松本」を読み返しました。
なぜこんな風に弱っている時にあなたのことを思い出したのかはわかりません。なにかしら力を与えてくれそうな気がしたのかもしれません。本を読み返してみて、力を与えられたのが半分、余計に落ち込んだのが半分、という感じでしょうか。
昨年、突然「ごっつええ感じ」が終わってしまったときは、驚きました。と同時に、とてもあなたらしい怒り方だとも感じて、妙に納得してしまいもしました。でも、以前から、今のテレビの仕事にはあなたが飽き足りていないような感じがなんとなくしていたので、もしかしたら本の中で予告していたように、テレビからも芸能界からもあなたが去ってしまう日が近づいたのではないか、という気がしてしばらくはどきどきして過ごしましたが、他の番組は変わりなく続いているようだし、「ひとりごっつ2」も好調のようですので、安心しています。
でも、やはり、申し訳ないですが、私が今見るのは「ひとりごっつ2」と「ガキの使い」、それに「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」のトーク部分だけです。「デラックス」は、初期の頃のゲストとの内容のあるお話があまりに深かったので、クイズになってしまってからは見る気がしなくなってしまいました。欲をいえば、「ひとりごっつ」的な番組がもっと増えるといいのに、と思います。でも、いろいろテレビ側の都合もあるのでしょうね。
さて、あなたの本を読んで、私の中に強く印象に残ることは、だめなやつはだめだということ、自分にプレッシャーをかけることが必要だということ、そして自分が戦わないで人に代理戦争をしてもらうなどというのは最低だ、ということです。
まず、私が天才ではなくだめなやつだということは、今ではもうはっきりしてしまいました。天才とは、自分が何をするべきか、何を努力するべきかを知っている人だと思います。私の中には、何かを全力をかけてしたい、という自分と、何もしたくないという自分がいます。少しでも強いプレッシャーがかかると、「何もしたくない自分」がすぐに優勢になってしまうのです。プレッシャーをはね除ける力というのは、人によっていろいろだと思いますが、最終的には「自分はこれをやらなければいけないんだ」という確信、ではないでしょうか?私にはそれが欠けているのです。そのことがすなわち、私が天才ではないということであり、私がだめなやつであるということなのです。
中学、高校の頃、わからないなりにも、私は自分が何をしていきたいのか死ぬほど考えました。
その結果、私は何か世界規模で人を助ける仕事がしたい、と思いました。まあ、なんというか、きれいごとですよね。でも、その時は自分ではすごく真剣なつもりだったのです。
その後、その目標に向かって少しずつ行動をしていったのですが、その過程で、いろいろ自分の本当の姿が見えてくるにつれ、私の描いた希望というのは、要するに、言い替えれば「自分が」誰かに助けてほしい、「自分が」ひとりになりたくない、この小さな日常世界でさえ適応できない自分から目を逸らすために、海の向こうの「世界の」どこかに自分の生きる場所がある、と信じようとしたのだ、ということが、はっきりとわかってしまいました。自信がない、助けて欲しい、ひとりになりたくない、というだけで、本当に「自分がやりたいこと」などではなかったのです。そのことに気付いたときは、ショックでした。気付くまでに、ずいぶんと時間がかかりました。そして、気付いてしまったら、自分が何を目指して生きていったらいいのか、全くわからなくなりました。
人生観、というものは、おそらくかなり早い時期、10代の頃にできるのではないかと思います。その時に、自分はこういう人間になりたい、自分はこういう人生を生きていきたい、と思ったとして、それが実は間違っていたとしたら、人は人生観そのものをあとから修正できるものでしょうか?
それとも、その時の人生観が、弱い自分の裏返しとしてできたものであったとしても、それを貫いていこうとするべきなのでしょうか?
今の私は、からっぽです。目指すべきものも、人生観も失っています。ただ、胸の奥で、かつて描いた自分の理想的な人生観が少し消え残ってうずいているのを感じます。それを挫折してしまってから、どんどん自分に自信が持てなくなっていった。たとえコンプレックスによって作られた人生観であっても、そこからまた出発するしか、挫折を乗り越えて、自信を回復して歩いていくことはできないのかもしれない。
そんなことを、本を読み返した後、今考えています。
あなたでさえ、東京を捨てて大阪へ帰ろうと思ったことがある。私も、もう一度自分に自信を持てるように、自分で自分が恥ずかしくない人間でいられるように、決して人が戦っているのをただ応援して気持ちよくなるような安易な人間ではいないように、こういう自分でありたいと思える自分でいられるように、そして、自分の人生に後悔などしないで済むように、もう一度頑張ってみようと思います。
ありがとう。お元気で。
これから、もっともっとやりたい仕事ができるように、祈っています。
敬具
1998年1月22日