ヴィラ=ロボスの先にあるものは?

まるで、魔法が解けて長年の眠りから覚めたようだった。
魔法とは、ヴィラ=ロボス。

2年という月日は、決して短い時間ではない。でも、まるで1日しかたっていないように、あっというまに過ぎ去った。
まるで、何かに衝かれたように、ほとんど休むことなくギターを弾きつづけた日々。
ギターを弾かない日など考えられなかったし、何かの都合で弾けなかった時はさびしくてたまらず、再び弾けた時にはまた暖かな空気に包まれたように安心した。

それが、突然夢から覚めたように我にかえってしまったのだった。

それは、やはりヴィラ=ロボスを弾いてしまったせいなのだろうか?

そもそも、私がギターを弾き始めたのは、どうしても自分でヴィラ=ロボスが弾いてみたかったせいだった。なぜだかわからないけれど、ヴィラ=ロボスというブラジルの作曲家のギター曲に強く惹かれた。ヴィラ=ロボスを聴くと、自分の中に太古の昔から眠っている哀しみとか奥深い祈り、静かで強い躍動のようなものが揺さぶられるような気がして、理由もなく、もしも自分でヴィラ=ロボスが弾けたならば、自分に見える世界が大きく変わるだろうという予感があった。
その、ヴィラ=ロボスの先に見えるであろう世界が見たくて、毎日ひたすら弾きつづけた。
それこそ、単音階からこつこつと日々積み重ねていった。

半年で、タルレガの「ラグリマ」が弾けた。人に聞くと、驚異的な速さだという。
でも、私としては、1年でヴィラ=ロボスを弾かなければいけない、と思っていたので、まだまだ遅いと思っていた。
1年目に、ブラジルのペルナンブコという作曲家の「鐘のひびき」という曲を弾いた。本当はヴィラ=ロボスを弾いているはずだった時だったのに、まだ弾けなかった。でも、同じブラジルの作曲家だからまあいいか、と思った。
1年半の時には、バッハの無伴奏チェロ組曲1番のプレリュードを弾いた。これは、私がギターを好きになるまで唯一好きだった特別な曲だったので、非常に嬉しかった。
そして、2年になったころ、初めてヴィラ=ロボスを弾いた。

ヴィラ=ロボス。
彼の曲は、技術的には難しい曲とそうでもない曲がある。
初めて弾いたヴィラ=ロボスは、もちろん技術的にそれほど難しくない曲である。
でも、行間に宇宙的なるものを込めないと、それは全然ヴィラ=ロボスにならないのだった。

今夏、ギターの合宿というのがあって、3日間泊まり込みでギター三昧の生活をした。
レッスンを受けながら、今まで弾いたことがないような長い時間、1日中ひたすらヴィラ=ロボスを弾きつづけた。
間違えずに弾けるようにはならなかったし、指はちゃんと動いていない。
でも、行間に込めるものが、今までとは何か違うものになった気がした。
そして、人前でヴィラ=ロボスを弾いた。

何かが見えたのだろうか?

あるいは、深い哀しみに指先を触れてしまったのかもしれない。
あるいは、暗い暗い宇宙が、一瞬見えてしまったのかもしれない。
あるいは、今まで見たこともないような色をした光に、恐れを抱いてしまったのかもしれない。
あるいは、何もない虚無を覗き見てしまったのだろうか?

ともかく、私は夢から覚めた。
自分は今まで何をしていたのだろうか?
何を見たいと思っていたのだろうか?
2年前、私はどこに立っていたのだろうか?
そして、今は、どこに立っているのだろう?

何かが変わったのだろうか?
何も変わっていないのだろうか?

私にとって、ヴィラ=ロボスという魔法は何だったのだろうか。
それはまだ、私にとって有効な魔法なのか?
今の私がこの先に見たいと思っているものは何なのか。

謎の中に一人取り残されてしまった。
この2週間、ギターを弾いていない。

(SEP. 11, 1998)

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