「香港明星レスリー」にはまる

まずい。とうとうはまってしまったかもしれない。
もう何年も距離をおいたままで何もなかったから、心配ないと思っていたのに。
30、40代を中心とした、世間体も気にせず、年齢も社会的立場も棚に上げて、ある程度の自由になるお金と時間を惜しみなくつぎ込み、ただスターを一目見るためだけ、握手をするためだけのために香港に平気で通ってしまうようなオバサマたちを白い目でみながら、「あんな風には絶対になるまい」と心に誓っていたのに。
いいや、私はまだそこまでは行っていない、私は。
・・・・

確かに、何年も前からレスリー・チャンは好きだったよ。
ジャッキー・チェンとユンピョウの次に、名前を覚えた香港俳優は、たぶん彼だったと思うし。
一番好きな監督であるウオン・カーウアイ映画によく出ている、ということもあり、彼の映画は結構見てきている。
でも、私の中では、映画の中の様々な役と彼自身が区別がつかない状態になっていて、映画を見て強く自分の中を動かされることはあっても、その気持ちを「レスリー」その人自身に向けようと思ったことは今までなかった。
それが、3ヵ月悩み抜いた挙句、6000円もする写真集を1冊買ってしまったことで、状況が急変してしまった。
今や、とうとう私の気持ちは「レスリー本人」に向かってしまったのであった。

今まで私が見てきたものは、あくまで映画の中で彼が演じてきた人達であった。
多くの場合が退廃的に刹那的に自虐的に生きている人で、そんな彼を見て私が強く揺さぶられてしまうのは、私自身がそういう人間だからだと思っていた。
それはたぶん正しい。
そして、そういう自分に浸るのは、単なるセンチメンタリズムであり、そんな自分に酔っていてはいけないと、退廃ムードに浸りたがる自分を常に戒めていた。

それが、写真集のせいで、「レスリー」本人がどういう人なのかが見えてしまい、しかもそれが思った以上に素敵な人だったものだから、なんだか一気に虚構の世界から現実の世界になってしまったのだ。
現実に存在し、今のこのときも自分と同時に生きている人なんだ、というのが見えてしまうと、なぜだか途端に自分の手が届いてしまうような気がし始めてしまうものらしい。
おまけに、香港スターというのは、ほとんど接点のない日本の芸能界と違って、ファンとの交流というものを大事にしており、ちょっと追掛けをすれば結構簡単に会えてしまったり握手ができてしまったりするシステムになっている。
その、「その気になればチャンスはある」というのがミソで、そこからずぶずぶと香港追掛けオバサンが沢山誕生する仕組になっているのである。

しかし、ここまで「香港スターと追掛けの構造」を見極めている私が、そう簡単に同じ罠にはまってなるものか。
こういう状況になっても、なお私は、「レスリーの何が一体私をこれほどまでに強く引き付けるのか」を考えるのだ。私は、哲学的な人間なのである。

まず、「70、80年代への感傷」。
彼だけではないが、香港ポップスを聴いていると、70、80年代の頃を思い出す。
まさにその頃の日本の曲のカバーを歌っていたりするせいも多分にあるのだけれど、なんとかビート全盛になってしまってからの日本の音楽業界には完全に置いていかれてしまっている私としてはまさに「自分の世界」という気がしてしまうのである。
大体、今の日本で、まともにバラードなんてとてもじゃないけど気恥ずかしくて歌うことも聴くこともできない。
人間も社会もすっかり擦れてしまい、まっすぐ正面から「愛している」なんて、言えなくなってしまったのだ。
でも、中村雅俊青春ドラマで育った人間としては、「愛する人がいるなら、求めるものがあるなら、なんにも怖くはないさ、そいつが青春」という人生観なのだ。
(だから、GTOの反町くんが出てきてくれて、ちょっと希望が持てている昨今である)
そういう人間は、メロディーラインもアレンジも素朴で、歌詞も(おそらく)まっすぐな音楽を聴くと、ずっと抑圧しているうちに素朴な思いを忘れてしまっていた自分に気付かされてしまって、それがショックでもあり、また、思い出すことができたことが嬉しくもある。
そして、しみじみと、あの頃の歌謡曲(そう、J-POPSなんていう言葉はまだなかったのだ)にはいい曲がたくさんあったんだなあ、と、本気で山口百恵全曲集を買おうかと思っている。
しかし、何より素晴しいのは、もし今山口百恵や西城秀樹を聴いたとしてもそれは完全に過去になってしまうが、今の香港スターはまさしく「今」なのだ、ということだ。
いくら70、80年代を思い起こさせるとしても、あくまで彼等は今現在の人であり、音楽も今の音楽である。素朴であり、純粋なものを持ちながら、今の同時代を生きている、というところが、何より素晴しいのである。
後ろ向きではないのだ。
先が見えなくて縮こまってしまっている日本人が持っていないエネルギーを、彼等中華民族は今持っているということなのかもしれない。
私が今香港の映画や音楽ばかり興味を持ってしまうのも、そういうエネルギーのせいなのかもしれない。

もう一つは、彼の「年齢、性別を超越したところ」。
前にも書いたことがあるが、彼はゲイだという噂で、今度の写真集でも、「バイセクシュアル」であることを認める発言をしている。
でも、本当に彼にとっては性別なんてどうでもいいんだ、と思った。
そういう話になると、セックスの面だけで取り上げられてしまい、どちらの性に性的興味を持てるとか持てないとかいう話になってしまうのだが(私も今までそう思っていて、彼に興味を持つ自分は何か異常性があるのではないか、という観念が抜けなかった)、彼の場合は、セックスよりも大切なのは「その人がどういう人なのか」なのだ、ということが本を読んでよくわかった。
年齢とか性別とか国籍とか、そんなことは関係ないのだ、彼にとって。
そして、私自身も、そういう繋がりを求めているんだ、と思う。
そういう繋がりを持つためには、自分自身を愛し、素敵な人にならなければならない。
自分自身の才能(きっと誰にでもある!)を発揮して生きること。
自分の可能性を信じ、伸ばし続けること。
そして、常に人に対してオープンである、ということ。

そして、「アジア人としての誇り」。
89年に歌手を引退してカナダに移住した彼は、結局すぐに戻ってきた。
国際的に認められた今も、ハリウッドではアジア人を差別して中国人となるとチャイナタウンのヤクザや売春婦しかやらせない、そういう役ならやる気は全くない、とはっきり言っている。
今だに、価値観というものが欧米を中心に成り立っていて、たぶんほとんどの人間が欧米コンプレックスを持っている。
しかし、自分を深く見つめ、自分という人間になっていく中で、素直に自分の価値、誰にも誇れる自分の文化を自分で認めることができるようになれば、そんなコンプレックスなどなくなるのだ。
そして、私は考える。
私の日本人としての誇りって?
・・・・たぶん、ほとんど持っていない。
理解も、受容もしていない。
強いていえば、輪廻転生、因果応報を信じていることと、納豆、味噌汁を食することか?
(そういえば、台北育ちの日本国籍の金城武君は、父親に納豆と味噌汁を無理やり食べさせられたといっていた)
ガンジーが英国製のスーツを脱ぎ捨ててある時期からインド服を誇りを持って着始めたように、どこかの地点で価値観を全く切り替える必要があるのかもしれない。
でも、それは恐らくかつてのような偏狭な「大和民族の誇り」、ではない。
それは、「アジア人」の中の、「日本民族」ということになるのではないだろうか。
香港の映画を見ていると、確かに自分の中には彼等と同じ「アジア人の血」が流れていると感じる。
香港・台湾の若者がパフィーを日本語で歌い、私は北京語や広東語でフェイ・ウォンやレスリーの歌を一生懸命歌いたいと思っている。
明らかに、「アジア人」という意識は、この東アジアで広がりつつあると思う。
おそらく、アジアはもっともっとお互いが近くなるだろう。

なんと、なぜレスリーにひかれるかを考えていたら、私がなりたいと思っている目指すべき人間像というのがこんなにもはっきり見えてきたではないか!
ただ部屋に写真を貼って追掛けをすればいいというものではない。
レスリー道は、奥が深いのである。

最後に、最近のインタビューから彼の言葉を引いて終わりにする。
「前向きな姿勢でいれば、必ずどんなことも乗り越えられる。人を受け入れるためには、まず、自分自身を受け入れなければならない」

(JUL. 7, 1999)

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