
こんなに幸せだったことはなかった。
まるで、長い間文通していた相手に勇気を出して初めて会ってみたら、文面から想像していたイメージを裏切られることがなく、むしろ想像よりずっとずっと素晴らしい人だった、そんな感じ。
最初の瞬間から最後まで、私には微笑みと、鳥肌と、胸の高鳴りが収まることがなかった。
その「文通相手」というのは、グレン・グールド、1982年に亡くなった、カナダの伝説的ピアニストである。
若くして「天才的バッハ弾き」として有名になった彼だが、早い時期に一切のコンサート活動を停止し、もっぱらレコーディングに絞って音楽活動をした。
かなり気難しいというイメージが伝えられていたが、最近出た書簡集では、実は彼は非常に冗談の好きなウィットに富んだ人だということが判明している。
そうは言われても、実際の彼はどんなだったのか、というのは、正直よくわからなかった。
でも、彼の弾くバッハは本当に素晴らしいということと、彼が表現しているものは、まさしく生きた音楽である、ということだけは私にもわかっていた。
きっと、素敵な人だったんだろうな、と思っていた。
そんな彼に、映画館で会えることになった。
27歳の、若き日のグレン・グールド。
まだ、コンサート活動をやめていない時だ。
いきなり最初に、自分のピアノを選んでいる彼がいた。
自分のコンサートでは、自分のピアノを必ず持ち込んだ、という彼。
その自分の楽器は、このようにして選ばれたのか、と思う。
ピアノ会社の人と、いろいろと冗談を交わして、快活に笑う彼。
なんて楽しそうに笑っているんだろう。
「気難し屋」のはずの彼が、こんなにも快活に笑っている。
そんな彼の笑顔に会えただけで、もう私は、涙が出るほど嬉しくなって、一緒に微笑んでしまったのだった。
1台1台のピアノを、いとおしそうに、まるで一人一人と対話するように、「この子の今日の機嫌はどうだろう?」という感じで弾き比べていく。
1台に決めて、すぐにそのまま間髪を入れず練習に突入してしまう彼。
せっかく会えた気の合うお友達と、すぐに一緒に遊びに行かずにはいられないように。
それから、彼が幼少から亡くなるまでずっと過ごした、シムコー湖畔の別荘が出てくる。
映画「グレン・グールドをめぐる32章」でも出てくる所だ。
しかし、これは映画ではない。
本当に彼自身が今現在そこで過ごしているところなのだ。
クラシカルな音がする彼愛用のピアノで、練習をする彼。
彼はこんな音のするピアノをいつも弾いていたのか、と思う。
すごい。
鳥肌が立つ。
歌いながら、彼はピアノを弾いている。
すると、急に彼は立ち上がって窓辺に行く。
しかし、彼の歌はそのまま途切れずに続いている。
しばらくして、またピアノの前に戻り、また歌いながら弾き続けて、曲は終わる。
彼の中では、全く途切れずにひとつの曲が演奏されたのだろう。
彼はいつも歌いながらピアノを弾いていた。
それは、こんな風に、何よりも彼の中で音楽が鳴っているからなのだ。
すごい。
彼は犬を飼っている。
かなり大きな犬である。
彼は犬と一緒に散歩までする。
犬と散歩しているときの彼は、すごく楽しそうだ。
犬も可愛いが、彼も可愛い。
犬と散歩をしているときも、彼の中では音楽が鳴りつづけている。
ニューヨークのレコーディングスタジオ。
バッハのイタリア協奏曲を弾く彼。
ああ、「あの」イタリアン・コンチェルトだよ。
私も録音を持っている。
あれはこうやって録音されたのか、と思う。
私が受け取った手紙を、彼がしたためているところを目撃してしまった。
スタジオにセッティングされているピアノも、彼自身が当然選んだものなのだろう。
靴を脱ぎ、足を組んで、バッハを弾く彼。
イタリアン・コンチェルト。
ちょっと本格的にピアノを習った人なら、一度は練習する曲。
彼の演奏は、すごく快活な演奏だ。
意外なことに、この曲はあまり好きではなかった、などと彼は言う。
難しいので、数年ごとに引っ張り出しては弾いてみる、などと言っている。
いいな、すごくいいな。
録音の途中で、写真を撮らせてくれとカメラマンが入る。
レコード会社の契約で、撮影することになっているのだろう。
グールドは、明らかに嫌がっている。
年配のカメラマンも、明らかに嫌がっている「若き天才ピアニスト」を前にして、ものすごく恐縮している。
気の毒だ。
グールドも、カメラマンも。
気の毒だけれども、彼のようなカメラマンがいてくれたおかげで、今われわれは彼の写真を見ることができる。
中世末期のバッハという人が書いた楽譜を、グレン・グールドは完全に生きた音楽にして私たちの目の前に差し出してくれた。
その演奏は、グレン・グールドからわたしたちに向けた手紙であると同時に、彼を介してバッハから差し出された手紙でもある。
グレン・グールドは、自分のようなピアニストのことを「解釈者」(interpreter)と呼んだ。
彼のような素晴らしい「解釈者」を後に得ることができたバッハも、バッハの音楽に深く傾倒することができたグレン・グールドも、また、彼のような演奏家を得たピアノという楽器も、そしてグレン・グールドの弾くバッハを今でも聴くことができる私たちも、みんな幸せである。
あなたのような音楽家がいてくれたことを、心から幸せに思います。
これからも、あなたからのたくさんの手紙は、私の宝物でありつづけるでしょう。
お会いできて、本当に嬉しかったです。
お元気で。
わが、愛しのグレン・グールド。
(記録映画「グレン・グールド 27歳の記憶」は、銀座テアトル西友にて、2000年1月頃までモーニング&レイトショーで公開されています)
(Dec. 13, 1999)