
2週間後、私はもう台北にいる。
すでに、私の足は地上から30センチのところに浮き、心は台北に飛んでいっている。
初めて行くというのに、まるで思いは「帰郷」である。
外国に行くのに、こんな心境になるなんて、いったいどういうことなんだろう。
台湾のことが気になるようになってから、すでに数年。
最初は、たまたま日光のユースホステルで同宿した台湾人に会ったことから始まった。
彼は「My茶壷」と「My茶葉」を持ち歩いていて、今まで飲んだことのないおいしい中国茶(今思えば、たぶん凍頂烏龍茶だったのだろう)を同宿の私たちにふるまってくれた。
ショッキングだった。
その香り。その色。
こんなに素晴らしくおいしい繊細なお茶を作り、旅に出る時まで飲んでいるような人たちの土地は、必ずや素晴らしいところに違いない、と思った。
そして、台湾のお茶を飲むようになった。
それからしばらくして、音楽の洗礼がやってきた。
日本の今の音楽はとうの昔に諦め、活路を器楽に求めたけど、やっぱり「歌」を聴きたくて、歌いたくて、さまよっていた。
でも、洋楽は端から興味がなく、アンダルシア訛りのスペイン語のフラメンコや、ポルトガル語のボサノバはあまりに難しすぎ、広東語の香港ポップスはあまりにアイドルすぎてちっとも面白くなかった。
そんな中、台湾の音楽に出会った。
自分で自分の音楽を作れる実力と、しっかりと土地に根ざしている力強さ、説得力のある人間性に強く惹かれた。
こんな人たちが出てくる土地って、どんなところなんだろう、と、ますます思いは募っていった。
台湾という国は、「民主的である」というただそれだけで隣国から圧力をかけられる国である。
台湾のことを知れば知るほど、「常識」と思っていることはいったい何なんだろう、と疑問に思うようになる。
子供の頃からずっと刷り込まれてきた「常識」が、実は全然正しくなかったということに気づく。
結局、世界は、「核」に対する恐怖で力関係が決まっている。
やはり「核」を持っていて強権的に出れば、「民主的である」国よりも強い立場に立つことができるのである。
世界はそう成り立っているのである、悲しいことに。
そして、そのような現実に気づかないように仕向けてきたのは、小さい時から刷り込まれてきた、誤った「常識」だったのだ。
台湾を見ていて、私は初めて、愛国心と、国を守るということと、平和を望むということがすべて同時に成り立つものなのだと知った。
愛国心とは、他国を否定するものではない。
他を否定し、他を踏みにじり、他に圧力をかけ、他を制圧しようとすることが愛国心なのではない。
他を制圧しなければ成り立たない自己など、それは本当の自己ではない。
本当の自己に誇りを持つこと。
そして、その自己が根ざすところに誇りを持つこと。
それが、愛国心というものなのだ。
そして、台湾のことを知ることによって、私は戦後一貫して封印されつづけてきた「日本」の一端を知ることになった。
まるで、自分の中の価値観が音を立てて組み替えられていくような気がするほど、まるで知らないことばかりだった。
自分が今まで生きてきた数十年間、いったい何を見てきたのか、と思う。
今までずっと蓋をし、封印し、見ぬふりをしてきたことに対して素直に目を向けるようになったことで、今ようやく私の中に、自分への、自分の先祖への、自分の根差すはずのところへの、かすかな誇りが目覚め始めている。
そして、世界の「真実」が、ようやく見え始めている。
思えば、私の潜在的な「自信のなさ」は、そういう「立つべき所のなさ」に根ざしているような気がする。
そして、それはたぶん私だけではなく、戦後の日本人全部にあてはまる。
今の日本人の、「どうすればいいのかさっぱりわからない、全く自信がない」群像がその結果である。
「国」がなくても、「故郷」や「土地」があれば、まだまともなのだろう。
私には、そのどれもがなかった。
すべてが否定されていた。
そんな中で、どうして「自分」だけを肯定できるだろう?
私のルーツは、邪馬台国よりも古い王国のあった、神々の集う土地にある。
私は、決して土地や先祖から切り離されて、たったひとりでいるわけではない。
古代から綿々と繋がっている、その流れの中にしっかりと位置しているのだ。
例え、どこに誰といようとも。
今度、初めて自分の意志で、私のおじいちゃんが祀られている靖国神社にお参りに行こうと思っている。
台湾のことを知らなければ、一生そんな気持ちにはならなかったかもしれない。
(Jul. 13, 2000)