空を開ける鍵

オノ・ヨーコさんに最初に"出会った"のは、「グレープフルーツ」という本だったと思う。
でも、彼女のことはほとんど―もちろん、ジョン・レノンの奥さんだったということを除いては―何も知らなかったことや、それが英語の本を翻訳したものだったこともあって、てっきり彼女は日系のアメリカ人か何かだとばかり思っていたので、その後彼女が自分で(もちろん日本語で)書いた本を読んで、彼女が日本生まれ、日本育ちの、正真正銘の日本人、しかも私の父親と同世代だと知った時は、非常に驚いた。

彼女の作品に直に触れたのは、清里の現代美術館のフルクサスの部屋でだった。
フルクサスもオノ・ヨーコも両方知っていたけれど、その両者の結びつきについてはまるで知らなかったので、それを見た時には本当に驚いた。
(しかも、フルクサスの思想や方法論に大きな影響を与えたのが彼女だったという。)
そこにあった作品を作ったのは、まだジョンと出会う前であったことも知り、彼と出会った時にはすでに彼女が著名なアーティストであったことを知った。
そこにあったのは、ガラス製の鍵だった。
現代美術がどちらかといえば人間社会の矛盾や荒廃をテーマにすることが多い中、彼女の作品はすごく夢があって、純粋で肯定的メッセージを感じさせるチャーミングなものだったので、それまで持っていた彼女への先入観が消えた。

ジョン・レノンが亡くなってから、20年。
その間、最近になるまで、彼女はあまりアーティストとしての活動はしていなかった。
その1日、1日を、どのように生き延びてきたのだろう。
しかも、いまだに彼女は、生前ジョンが共に住み、その門前で目の前で殺されてしまった、ニューヨークのダコタハウスに、今も変わらずずっとずっと住み続けているのだ。
この20年間、ずっと。

彼女は言う。
どんなに気が滅入っている時でも、何か心の躍ることをひとつ毎日してください。
自分が心が躍ることが全然できないほど滅入っている時は、他の人に何か心が躍ることをしてあげてください。
それを毎日やっていると、あなたの人生は変わっていきます、と。

彼女自身が生きてきた方法、そして、彼女がずっとずっと伝え続けていることは、どんな状況でもどんな場所にでも、想像すればそこには必ず「YES」が見つけられる、ということなのだ。
想像すれば。

(2000年12月11日)

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