
外国語はいつまでたっても難しいものだ。
特に日本人は、波風立てないように何でもYESという癖があるが、それが大きな落とし穴になることがある。
もう随分前のことだけれど、ひとりでスリランカに旅行で行ったことがある。
その時、あるボランティア団体を訪れたとき、ひとりの青年と知り合った。
その青年はそれほど教育を受けているわけではないのにきちんと英語を話し、若いのに人望も厚く、何より自分の取るべき立場をしっかりと自覚していて浮ついたところのない人だった。
近いうちにあるプログラムで日本に研修に行く予定になっているが、行ってみないとどういう内容なのかわからないし、もし意味のないものだったらすぐに帰国する、と彼は語っていた。
誰もが虎視耽々と日本に行くチャンスを狙っているものだとばかり思っていた私は、そんな彼の考え方に、こんな人もいるのか、とある種の衝撃を受けた。
もし日本に来たら連絡をくれるようにと言って、帰国した。
そして、しばらくして彼は日本にやってきた。
しかし、電話をもらった時、私は何を話したらいいのかわからず、英語でうまく話すこともできなかった。
会話が続かず、気まずい空気が流れて、彼は"Do you mind me?"と確か言ったと思う。
私の頭は何を言われたのかをちゃんと理解はしていなかっただろう。
反射的に私は"Yes."と何も考えずに答え、自分が大変な過ちを犯してしまったことに気づいたのはしばらくたってからだった。
後から間違いであったことを説明しようとしたが、無理だった。
私は彼を完璧に傷つけてしまい、電話もそれっきりになった。
もちろん、それは単なる語学力の不足によることではなく、結局は私が彼のことをどう受け入れればいいのかわからなかったせいであって、もしそういう会話がなかったとしてもそれ以上どうしたらいいのかはたぶんわからなかっただろうと思う。
それにしても、"Yes"という無自覚な気安いひとことが、氷のように人の心を傷付けたことだけは確かだった。
それ以来、"No"と当然答えるべき問いもあるのだと、無自覚に"Yes"と言うことは避けるようになった。
しかし、もう遅い。
その後しばらくして、おそらく日本で唯一の知人であったはずの自分が彼に対してしてしまった仕打ちの重大さに気づき、彼のことが心配になると同時にひとことどうしても謝りたくて、彼に連絡を取らなければと思った。
伝手を手繰って探し回り、諦めかけた頃にようやく彼のことを知る人に連絡がついた。
しかし、そこで聞かされたことは、彼は日本語の勉強に、あるいは日本に失望し、帰国することになったが、帰国する前にどこかに姿を消してしまって行方知れずになっている、ということだった。
かつて彼が私に語っていたことを思うと、事情はどうであれ、彼が不法滞在の道を選んだということが信じられなかった。
その彼の変化には、おそらく私も責任があるはずだった。
もし、日本にひとりでも信頼できる知人がいさえすれば、違う展開になり得たかもしれなかった。
あれから、すでに10年が経つ。
彼が今どこで何をしているのか、無事でいるのかどうかさえ、知る由もない。
たとえ相槌ひとつであっても、決して気安く発してはならないのだ。
(Feb. 17, 2001)