御蔵という島の話

【プロローグ】
もう、10年以上前のことだ。
どこか旅行に行きたいと思って、ガイドブックを見ていた時、御蔵(みくら)という島が目にとまった。
伊豆諸島の中の、すごく小さい島。
周りは断崖絶壁になっていて、海が荒れていることが多く、船が着けないことも多いというところ。
当時は三宅島で船を乗り継いでしか行く方法がなく、しかもその船も確か毎日出ているわけではなかったと思う。
その上、その島には、泊まる場所もほとんどないという。
しかし、そんな人を寄せ付けない環境のせいで、そこには自然が手付かずに残っているという。
森が深く、水が豊かで、カツオドリという鳥が多く住んでいる。
そういうことだった。

たぶん、人があまり行かない、あまり知られていない島、ということで、興味を持ったのだと思う。
その、カツオドリが住む島に、ぜひ行ってみたいものだと、盛り上がったものだった。
でも、当時はとにかくお金がなかったし、その他いろいろな事情で、御蔵島行きは実現しないまま、長い時が過ぎた。

その後、ドルフィン・スイミングブームが起き、御蔵島にもイルカがいるということを知った。
ほとんど誰にも知られなかった島が、イルカがらみで突然あちこちで取り上げられるようになった。
しかし、それでも御蔵島は、相変わらず遠い島だった。
三宅島から船でイルカを見に行って、そのまままた船で帰ってきて、三宅で泊まる、という人たちが激増した。
私も、一度三宅からイルカを見に行った。
自分のすぐそばにイルカがいる、という状況が信じられなかった。
でも、イルカ以上に、その海の綺麗さや、目の前にしながら上陸することができない断崖絶壁の御蔵島を見て、自分の中で御蔵島への思いはつのった。

それから、さらに5,6年が過ぎた。
三宅島が噴火して、島から人がいなくなり、船も三宅に行かなくなった。
その代わりに、船は御蔵島に常時寄るようになった。
なんと、御蔵島へ東京から直行便が出るようになったのだ。
そして、イルカブームのおかげで、御蔵島での宿泊施設も増えた。
どうやら、御蔵に行けそうだ。
思い立ってから10年以上経って、ようやく御蔵が自分の方に近づいてきてくれた。

その日の午前中に台風が関東をかすめて通過していった。
きっと、海は荒れているはずだ。
ほとんど諦めていた。
しかし、船は出た。
出航はしても御蔵に上陸できない場合もある、ということだったが、結局上陸できた。
今思うと、それは奇跡的だった。
御蔵の人も、前日の海の荒れ方から、翌日はたぶん船の接岸は無理だろうと思っていたらしい。
その前日は欠航だった。
そして、その翌日も翌々日も欠航した。
上陸できたそのたった1日に自分がめぐり合わせたのは、やはり御蔵に導かれたのだとしか言いようがない。

海から険しく切り立つ島に、自分の足で上陸できたとき、ああ、やっと来れたか、と思った。
思えば、ずいぶん長い時間がかかってしまった。
しかし、ふさわしい時が必要だったのだろう。
私にとって、御蔵とは、そういう島だったのだ。

【御蔵のイルカ】
外国などでのドルフィン・ウォッチングで、何日も船に乗って、3日目でようやくイルカに遭えた、などという話を聞くと、御蔵は夢のようなところだ。
御蔵では、ほとんどイルカに遭えないということがない。
島の周りの海で、まさに「当たり前のように」、同じ日に何度も何度も遭えるのだ。
島の人は、実際イルカを「ごく当たり前のもの」と思っている。
たぶん、なぜたくさんの人がそのため「だけ」に島に来るのか、理解できないのだろう。
でも、だからないがしろにしている、とかいうことではない。
日本の他の地域では、イルカは漁の邪魔になると考えられたり、食料にもされてきたそうだけれど、御蔵の人たちは昔からイルカを大切にしてきたという。
「当たり前に」見ることができるイルカは、御蔵の人たちとイルカとの昔からの親密な関係をそのまま表しているのかもしれない。

イルカは、やはり可愛い。
一緒になって泳いだり遊んだりするのは、かなりのスキンダイビング上級者でないと難しいけれど、初心者であっても同じ海に浮かんで、自分のすぐ下やすぐ横をイルカが泳いでいるのを目の前で見るのは本当に感激だし、幸せだ。
彼らは野生の動物なのだ。それが驚きだ。

御蔵には、イルカの個体識別をして、イルカの数や生態をここ数年来研究し続けている人たちがいる。
一頭一頭のイルカに名前をつけ、常にイルカたちのことを気にかけている、ボランティアの人たちの熱心さには実に頭が下がる。
彼らは、研究のほかにも、イルカを見に訪れる観光客の啓蒙活動などもやっている。
その話し合いの場所に、私も参加した。
彼らがそういうことを続けているのは、ただイルカが好き、ということだけなのだ、たぶん。
それほどイルカを愛せるというのはすごい、と素直に思う。

でも、その場に集まっていた、揃いも揃ってイルカのTシャツを着ている観光客の集団を見て、私はちょっと引いてしまった。
確かに、イルカは可愛い。
でも、なぜイルカばかりにそこまで熱狂するんだ?
野生動物の中でも、イルカはそんなに特別なのだろうか?
たぶん、「可愛い」ということが特別なのだ。
その主観的な「可愛い」という感覚を基準にして、イルカだけを偏愛する彼らに、すごく不自然な「偏り」を感じてしまった。
イルカを守るために、環境保護を強く訴える彼らは、一方で、宿に帰ると牛や豚や鶏の肉を何の疑問も抱かずに食べていたりする。
牛や豚や鶏は「食べるために」育てられるのだし、別に「可愛くないから」、食べても問題ないのだ、たぶん。

今回、私は、自分がベジタリアンであるということを結局最後まで言い出せずにいた。
船もしょっちゅう欠航するような小さな島で手に入る、非常に限られた材料で準備してくださる心づくしの食事に、注文をつけたり、残したりすることは、なんだか非常にはばかられたのだ。
なので、数年ぶりに、ずいぶんまとまった量の肉を食べることになってしまった。
それは私にはかなりきついことだった。
でも、そうするべきだという気がしたのだ、なんとなく。

イルカは、確かに可愛いと思う。
近くで見たり、一緒に泳いだりすると、確かに「癒される」ような気もする。
でも、私には、イルカだけがそんなに特別な存在だとも思えない。
しかし、熱烈なイルカファンの人たちの中では、そんなことは口にできないのだった。

イルカを見に行ったがために、ベジタリアンが肉を食べることになる。
人間は、かくも矛盾した生き物である。

【御蔵の人】
御蔵島には、ひとつの集落しかない。
本当に小さな村だ。
島には3つの苗字しかなくて、村全体が親戚関係にあるようなものらしい。
外と隔絶された厳しい環境の中でずっと生き抜いてきたのだから、当然そこの人たちの連帯感、結束力は強い。
先祖との結びつきもとても強く、お祭りやお墓参りを非常に大切にする。
冠婚葬祭もたぶんすごいのだろう。
そんなだから、よそ者は簡単には入っていけない。
何十年住もうが、外から来た人間はいつまでも「旅人」と呼ばれるという。

でも、ちゃんと村の中心的な人が、「旅人」と村の人たちをしっかりと結びつける役割を積極的に担っている。
御蔵には中学校までしかないから、島の子供たちは中学を出ると誰でも一度は島の外に出る。
だから、ちゃんと外の世界のことも知っている。

宿屋のご主人も、Uターンして島に戻ってきた人だった。
村の中心的人物で島の人たちからも「旅人」からも人望が厚く、「旅人」たちと一緒にイルカの研究をしたり、観光などの新しい活動に積極的に関わっていらっしゃる。
そういう方がいるからこそ、村に新しい風が入り、「旅人」も安心して御蔵にいることができるのだと思う。

本当に素敵な方だった。
元々は漁業をやっている方だから、海はもちろん自分のフィールドだ。
そして、山に行くときも、普段着に長靴を履いて、鎌を片手に道なき道をひょいひょい進んでいく。
登山ウェアに身を固め、それでも足元がおぼつかず、自分が歩いている場所がまるでわからないこちらは、ただ恐れ入るばかりである。
海でも山でも自然を相手にする知恵を自分のものにしているその方を見て、その島に代々受け継がれているものの大きさを感じることができた。
しかも、その方は島を離れていたこともあるのである。
後で、その方が自分とさほど年が変わらないと聞いて、愕然とした。

本当に多くの知恵と力がありながら、実に謙虚で、全くおごったり人に説教じみたことを言うことがない。
自然と共に生きる人とは、こういうものなのか、と思った。
一方で、そういう人は本当はごく自然な、当たり前な普通の人なんだろうな、とも思った。
昔は、そういう人はどこにでもいたのだと思う。
今も、田舎に行けばまだまだいるのかもしれないけれど。
都会では、決してお目にかかれない。

自然の与えてくれる情報量の多さ、人の知恵の蓄積のすごさ。
それを体現している人に、御蔵では出会える。
そして、自然を離れて都会で育ってしまった者の、致命的な無力さも知る。

どうあがいても、「旅人」でしかありえない自分。
何もできないくせに、能書きや御託ばかり並べるしかない自分。

【島の生活】
御蔵は小さな島だけれど、子供たちがたくさんいる。
みんな元気がいい。
こういうところで育った子供たちは、人間本来のまともな人間に育つんだろうな、と思う。

御蔵では、なんと、自転車が禁止されているという。
理由は知らないが、たぶん、自転車に乗るほど集落が大きくないことと、急な坂道が多く、工事車両も多いので、事故が起きる危険性があるからではないだろうか。
なので、御蔵では、小学校の校庭で、遊び道具として子供たちが2輪車に乗っている。

村には、商店が3つしかない。
昔ながらのよろずやさん2軒と、小さな漁協。
コンビニなど、1つもない。
食堂も、1つしかない。
(しかも、最近できたばかりだそうだから、つまりそれまでは食堂はひとつもなかったということだ。)
外食しようとすれば、店は一軒だけ。
メニューも限られている。
コンビニ弁当もない。
そういう生活。
でも、そこに安心感と満たされたものを感じるのはなぜだろう。

御蔵には、空港がない。
ただ、ヘリポートがある。
船が欠航すると、ヘリコプターが唯一の生命線になる。
11時ごろ、八丈島からのヘリが、乗客と、荷物と、その日の新聞を運んでくる。
そして、その後、大島へ向かう。
なので、御蔵では、新聞は昼前に配達される。

【カツオドリ】
正式名称は、大水凪鳥(オオミズナギドリ)、島の人はカツオドリと呼ぶ。
愛称はカッちゃん。(そう呼ぶのは一部だけ?)
彼らは、実に愛すべき鳥たちなのだ。
なぜか?
彼らは、鳥でありながら、離陸、着陸が不得意な人たちなのである。
離陸するときは、高い木によちよち登って行き、風に乗って飛び降りないと飛べない。
着陸するときは、目標とするあたりの木の枝などにぶつかって、「どさっ」と落ちる。
後は、よちよちと歩いて目標まで移動する。

そんなトロい彼らだから、陸上は天敵が多い。
カラスや猫たちが狙う。
なので、狙われやすい昼間はずっと海にいて、彼らが陸に帰ってくるのは夜の10時ごろ、出発するのはまだ夜明け前の暗い時間なのだ。
彼らは「鳥目」ではない。
夜の森のにぎやかさは、実に神秘的だ。

それから、彼らの特徴はその巣である。
森の中の、土の中に横穴を掘って巣を作るのだ。
なので、森の中を歩くと、気をつけないと(気をつけていても)カッちゃんの巣にずぶずぶと足を取られ、巣に穴をあけて破壊しまくってしまう。
おびただしい数のカツオドリがいるのに、彼らはあろうことか、ちゃんと自分の巣を覚えていて、ちゃんと自分の巣に帰っていくという。

【エピローグ】
帰る日の朝、村の中をひとりで歩き回った。
細い曲がりくねった坂道。
「本日休業」の札が出た、古い小さな商店。
庭先に干されている椿の実。
板壁の質素な家。
つつましい畑。
吹きすさぶ風。
眼下に見える海の色の深さ。
波が躊躇なく洗っている桟橋。
村はひっそりとして、軒先からはテレビの音も聞こえない。
道ですれ違うのは、おばあさんばかり。

そんな村を歩きながら、私の胸は締め付けられた。
やはり、御蔵は想像していた通りの島だった。
こんな島なら、一緒に来るはずだった人も絶対に気に入ったはずだった。
確信があった。
私たちの直感は、正しかったのだ。
私たちは、この島で、この思いを共有すべきだったのだ。
御蔵島とカツオドリが、もう完全に過去のものになったはずの記憶をあばいていた。
私は、決定的な人を失ってしまったのだ、ということを、10年後に改めて知った。

荒海に閉じ込められた孤島は、もっと寒々しい絶海の孤島であろうアイルランドの島を連想させた。
突然、無性に、アイルランドにも行ってみたい、と思った。

船が来なかったので、予定を1日延ばして、結局ヘリコプターに乗って島を後にした。
三宅島の噴煙を眼下に見ながら、大島へ飛んだ。
御蔵島に船が着いたのは、その翌日、4日ぶりのことだったという。

(2001年9月)

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