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瀬下由美子略歴

昭和31年
東京生まれ
昭和56年
東京女子医科大学卒業、同形成外科入局
昭和56年
夫の出張に伴い大分医科大学皮膚科学教室入局
昭和59年
夫の帰局に伴い駿河台日本大学皮膚科学教室入局
昭和60年
夫の海外出張のため休職
昭和60年
長男出産。生後早期より嘔吐、下痢、湿疹等ひどく、食べ物が原因していると解り食餌アレルギーとのつきあいが始まる。エスカレーター方式で卵(鳥のもの)牛乳(牛のもの)大豆(マメのもの)で反応することが解り完全除去食、代替食糧法を施行し劇的な改善に驚く。同時に母乳を与えていたため自分も同じ食餌を取り、以前より悩まされていた湿疹が改善したことにより自分も食餌アレルギーがあることに気付く。
昭和62年
次男出産。長男以上のアレルギーがあり、ウシ、トリ、マメ、米、麦他にかなり過敏に反応したが、それなりに対応した。
昭和63年
至誠会第二病院就職。復職のため保育園でアレルギー食を対応してもらう。
アトピー性皮膚炎患者、特に小児の重症例が多く、日毎にアレルギー、特に食餌アレルギーに興味をそそられ、のめり込んでゆく。
自身が感冒性胃腸炎の為食事が全く摂取出来ない事があり、持病の喘息が全く出なくなり、米、麦、芋が密接に関係していることが解る。
平成2年
長男の喘息が重症化し、食卓から麦が消える。と、同時に保育園にも稗のパンを持参するようになる。長男の登園拒否が激しくなる。
平成4年
三男出産、重症アレルギー児の為、厳格食を始め、休日毎に食べられる物を探し、母子共に弁当持参の毎日を過ごす。生後7ケ月で化膿性中耳炎になり以後長期にわたり通院、入退院を繰り返す。入院中に二度の食餌性ショックを起こし、喘息も発症し、自宅から食事を持参して入院生活を乗り切る。長男小学校入学。弁当持参で学校側と話しがついていたが、直前になり本人が皆と同じものを食べたいと言いだし牛乳を除いて給食を食べ始める。
玉井病院就職。
平成6年
次男小学校入学。弁当持参で通学を始める。
長女出産、兄達に比べてアレルギーが軽く、また通園する託児所に理解があり、穀物、野菜、タンパク質他の7日間回転に協力してもらう。
至誠会第二病院退職。
平成7年
小学校給食でアレルギー食の対応をしてくれる事になり、弁当持参の回数、量共減る。
現在、医療法人芳寿会/玉井病院/副院長/皮膚科


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